日宣美は凄かった! -

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日宣美は凄かった!

今日、ある生徒から言われたのですが、いろいろなデザインの本を見ていて、60年代後半から70年代前半の作品に非常に興味があるとのことでした。私も同感です。

私は60年代は金沢でデザインの仕事をやっていました。
日宣美時代は東京のデザイナーのレベルの高さに度肝を抜かれ、東京へ行っても、とても太刀打ちできないと諦めていました。
「日宣美」は、1953年からは作品公募が始まり、当時は新人の登竜門となっていましたが、身の程知らずの私も出品しましたが、見事に撃沈。今度こそは意気込んでは見たものの翌年に解散となってしまいました。あのレベルの高さでは、翌年も落選していたでしょう。
「日宣美」が消えたあとJAGDA展が始まりましたが、日宣美展の様なデザイナーの魂を注入した手描きのポスターを見る機会は少なくなりました。
その後、東京デザイナーズ・スペースやJAGDA、東京ADCなど今日のグラフィックデザインを支えることには間違いありませんが、私にとっては「日宣美」が最大です。
日宣美がなければ、70年代のグラフィックデザインの爆発的な発展はなかったとも思っています。

「日宣美」当時、私はデザインの世界で目新しいものは、ほとんどが、資生堂がつくる印刷物から刺激を受けていました。ポスター、カレンダー、花椿などレイアウトや写真の新鮮さなど刺激を通り越してショックで、化粧品店の前で立ち止まることも何度もありました。
当時、男性用化粧品もあったか、なかったかも知らない、化粧品とは全く縁のない汚い男が、化粧品店の前で立ち止まっている訳ですから不審人物に間違えられたかも知れません。
デザイン年鑑は1年前の作品が掲載されるわけですから、写植の書体など見た事も無い書体も皆、資生堂の印刷物からでした。
はじめて「ナール」を見た時はこんなにきれいなカナは凄いと思い、写植屋さんに問い合わせても分からない、こんなもの書いている訳が無い、これはいったいなんだろうと悩んだことも懐かしいです。
いま、あの当時の様な新鮮なモノに出会うことが少なくなりました。東京にいるからだろうか?
いまのグラフィックデザインにも素晴らしいものはたくさんあります。
でも、あの当時、一流と言われる有名なデザイナーでなくても、無名の方でも東京のデザイナーの作品は素晴らしかったです。

いまもたまには、日宣美の作品や当時の作品を見ても古くは感じません。
緊張感あふれるレイアウトや文字組の繊細さなど、学ぶべき所は山ほどあります。少し大きくとか、少し移動とかができない、ギリギリまで追いつめた完成度が凄いです。
ぜひ、若いこれからのデザイナーにも伝えたいです。
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