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恩人への感謝

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今日、私がデザイナーとしてスタートして初めてお世話になった方に会いに行って来ました。
加代さんと言います。
加代さんは私の3歳先輩で、ご結婚後金沢から東京に移転、アドセンターのデザイナーとして活躍され、
ご主人は日本デザインセンターのデザイナーで,当時我々の憧れであった日宣美に入選したり
デザイン雑誌にもなんども掲載されたり先輩として大変誇らしく尊敬していました。
そのお嬢さんもグラフィックデザイナーです。
お嬢さんが、Facebookで私を見つけて下さって今回のことが実現しました。

加代さんは金沢の大手の印刷会社のデザイン室の上司でした。
そこに入社した頭も悪くセンスのない、右も左も何も分からない私に
いろいろな例え話を交えながら分かりやすく教えて頂きました。
MACデザインアカデミーの講師としての私の原点です。

サンセリフは「Helvetica」がスタンダードだが、私は「Futura」が好きだ、あなたは何が好きと
加代さんに言われてもFontの名前も知らず、明朝とゴシックの違いしか分からない私でした。
当時、溝引き定規の存在も知らずに入社した私に溝引きのテクニックを教えて頂いたり
もっと驚いたのは、溝引き定規を買う時は裏を見て繊維が平行のものを選びなさいとか
購入したものをそのまま使うと溝が浅いのでガラス棒が落ちてしまう、
ペンをペンチで折って溝を削る方法や烏口の研ぎ方など何から何まで懇切丁寧に教えて頂きました。

当時は当然Macは無く、全てアナログ制作です。
ポスターカラーも全て文房堂で揃っているのに、ある色のみターナーだったりニッカーだったり
金色は金粉なので黄色を少し混ぜると塗りやすいなど
全ての意味を教えて頂きました。

当時、給料を頂くことが申し訳ないくらいに勤務中にいろいろ教えて頂きました。
加代さんが私に教えるために残業になることを大変申し訳なく、何か私にできることがないかを考えました。
仕事の邪魔にならないように加代さんがトイレに立った時に、
加代さんの筆洗の水を変えたり雑巾を洗ったりするしか能力がなく
仕事中は加代さんのテクニックを見れないので、加代さんが残業の時は18時になったらタイムカードを押してから
見学させて頂いても良いですかと許可を頂いて見学しました。

加代さんは少し強い口調で男のクセにそんな細かなことに神経を使わなくてイイとおっしゃいました。
加代さんはとてもキレイな方ですが男の様な性格でした。
デザインに関して教える時も、ある意味不愛想で端的におっしゃいます。
恐らく本気で怒っているのではなく、映画やコンサートのチケットなども何度か頂きました。
それもプレゼントのスタイルではなく、加代さんが用事ができて行けなくなったから行って来なさいと
いつもおっしゃいます。
「ウエスト・サイド物語」はいまでも憶えています。
その心遣いがとてもうれしかったです。

3歳先輩の加代さんからデザインや技術の凄さを見せつけられた時、
当時私はデザインよりも好きだったものがありました。
中学時代からのめり込んだバスケットに夢中になっていました。
バスケットクラブのある会社でデザイナーとして就職したかったのですが、
金沢にそんな会社があるはずがありません。
それでもバスケをやめられず、当時金沢の高校や大学のバスケ出身者のクラブ「金沢篭友会」に所属しました。
日曜日は毎週練習に参加しました。

でもデザインとバスケの両立では絶対に3年後、加代さんのレベルにはなれないと判断し
断腸の思いでバスケをやめました。
ガンコ者の私にバスケをやめさせた加代さんは、長期間デザインの世界で仕事ができた私の恩人です。
恐らく15年ぶりでしょうか、今日お会いできる機会を与えて頂きましたお嬢さんにも感謝です。
お孫さんにもお会いできました。
ありがとうございました。
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